小さな探検家

双眼鏡を持って公園内を探検していた小学生グループがいた。探検ごっことか秘密基地とかって今の子どももやるんだなと思ったら嬉しくなり、と同時に自分もそこ入隊したかのような気分になった。
翌日になってもなんとなく高揚していたので急いで紙と鉛筆を取り出す。
見ているものが全てではないんだよな、そうだった。子どもの頃は想像の中でなんだって出来たんだ。そう子どもたちに教えてもらったようだった。

みんなで可愛がる

少しインコを怖がっていた長女も慣れたようでケージから出して手に乗せたりして遊んでいる。これで家族全員仲良くなりった。
妻は可愛いあまり噛んじゃうのではなかろうかというくらい溺愛している。そんな妻に僕は過保護だと言われているが…。
ケージの扉を開けると飛んできて、手に乗りそのまま肩まで登ったりするのでみんなで取り合い(手の出し合い)になってしまう。うりからしたらいい迷惑だと思う。
野生のインコは日の出と共に活動しだし、日没後はじっとしている。我が家は日没後とまではいかないけれど、夜早めにケージに遮光カバーをかけるようにしている。娘たちは夜遅くまで起きているが、リビングにうりが寝ているのでテレビの音を下げたり、あまり音を立てないように気を使うようになった。
みんなインコには優しい。

35mm

子どもが小さかった頃はよくフィルムカメラで撮っていたけど最近はほぼ使う機会がなかった。我が家にインコがきてからリビングに集まる事が増えたのでたまには日常を撮ってみようかなとカメラにフィルムを入れてみた。デジタルのシャッター音とは違い、シャッターが切れるときに持ち手に振動が僅かに伝わってくるのが懐かしくて枚数に限りがあるにもかかわらず撮りまくる。
せっかくなのでバイクも撮りたいなと思っているけど撮らずに終わってしまいそうな予感。
もう親バカです

私たちのうり

ご縁があり我が家にセキセイインコを迎えた。
食卓で名前は何にしようかねと家族で考え「うり」と命名。
響きが好きだったのと、娘が韓国語で「私たちの」という意味だよと教えてくれてそれに決めた。
初めて指に乗せたとき体温を感じ、一気に可愛さが増した。娘が産まれて初めて抱っこした時と同じ感覚。久しぶりに一眼レフカメラを取り出してパシャ。
もう君は家族の一員ですよ。

冬の空

冬生まれなのに冬は寒いから嫌いだ。
けど、冬の空は空気が澄んでいるから好き。実のところ寒いのが苦手なだけ。
横須賀に住むようになってからはよく海と空を見に行くようになった。娘も同じで、今日は天気が良いから夕焼けが綺麗に見えそうだけど海まで行くかと聞くと大概行くと言う。何をするでもない。ただ陽が沈むのを見て、気が済んだら帰る。
そんな何でもない日常だけはなくならないでほしい。

影響力

小学3年生の頃、担任の先生がずーっと飼っている金魚の飼育係を任された。当時30センチくらいあった金魚。
何かを任されたのがこの時初めてだったのと大好きな先生だったから責任持って金魚の世話をした。水槽の苔取りから水替え、餌やり。とにかくできることは何でもやった。
それから数年後、休み時間に当時の担任の先生に呼ばれて「金魚が死んじゃった。何かを遺してあげたいから魚拓の作り方を教えて欲しい。お前魚好きだっただろ?」
先生と一緒に魚拓を2枚取ってその1枚をもらった。
僕も先生みたいな先生になりたい。そう思いのちに教員を目指した。
紆余曲折あり結局教員免許取得まではいかなかったが先生みたいな大人になろうって今でも思っている。いつも大人が正しいとは限らない。間違いは認める。当たり前だけど当たり前が出来ない大人はたくさんいるので僕はそうならないように常に気をつけている。

矢口高雄先生

昨日、矢口高雄先生の訃報に自分でもどうしていいかわからないくらい気持ちがどこかに行ってしまった。
子どもの頃から矢口先生の漫画が好きでよく真似して描いていた。
いつか僕も釣りキチ三平の作者のように絵が上手くなりたい。そう思っていた。大人になってもそこは変わらない。そして今も。
あれはまだイラストレーターを目指す前の頃、初めてファンレターを送った。
数日後、なんと先生からお返事のお便りを頂いたのだ。嬉しくていつも手帳に挟んで、友達に自慢もした。
矢口先生は30歳で銀行員を辞めて漫画家を目指す。僕もかなりの遅咲きイラストレーターだが、「皆が寝ている間が伸びるんだよ、努力を惜しまないこと」という言葉があったからやってこれた。その後も幾度となく先生に手紙を書き様々な事を報告した。
展示会に小学生の娘と行った時、撮影禁止だっただろうに娘が持っていたカメラを見て、一緒に写真を撮ろうと言ってくださった。その節はありがとうございました。そんな娘も高校生。大きくなりましたよ、生意気だけど。
僕の目標はいつでもこれからも矢口高雄先生。大丈夫。だって先生に教えてもらってからずーっと同じ絵の具使ってるんだぜ。っていつも自分に言い聞かせている。
矢口先生、ありがとうございました。

国道134号線

農道を抜け、海沿いを走りふと停めたところで海を眺める。
途中で無人販売の野菜を買い、リュックに詰めてまたトコトコ走る。
都心に向かう道はいつも後ろからつつかれる様でとにかく忙しない。
けど、地元の道は少し行けばのんびり走れる道がたくさんある。週末はツーリングに来ているライダーともよくすれ違いたまに挨拶(ヤエーって言うんだとか)をする。
バイクに乗る人がツーリングをする意味がようやく分かった。特別なことは何もいらない。ただ自分のペースで気ままに走れればそれでいい。
今日もリュックの傍からはみ出た大根の葉を風になびかせながら国道134号線を走る。

始めどき

母がピアノを習いだして、よく音楽の話をするようになった。
三女もピアノを習っているから一緒に弾きたいという目標が出来たらしく毎日少しずつ練習しているらしい。
妻も僕もバイクに乗りだしたところ、義母も小型二輪免許(125ccまで)をとるべく教習所に通うそう。
みんな新しいことを始めた。
20歳の頃、将来の事で悩んでいて、未経験の事を始めてみたいと相談したときに「やりたいと思った時が始めどきだ」と背中を押してくれた。これは今でも最近の様に覚えている。
尊敬する漫画家の矢口高雄先生は30歳の時に銀行員から漫画家へと転身されていて、カーネルサンダースは65歳でKFCを創業している。僕だって35歳で突然イラストレーターを目指し始めているのでこれだけは言える。
やりたい事に遅いはない。

安心感

初めてバイクで初めて県外に出た。
高速道路はまだ怖いので一般道で片道50キロ。週末とは言えども都内の道路はなんとなくみんな急いでいる感じがする。車間距離も心なしか狭く、後ろからつつかれているよう。
帰り道、道を間違えたついでに海沿いを走ったらなんとも言えぬ安心感。無事に地元に帰ってこれた。
ホント、都会は怖い。
この日は天気も良かったので海沿いでバイクを降りた。海岸には様々な人が日の入りを待っている。ハロウィーンパーティーの帰りか仮装した子供たちが靴のまま海に入って大笑いしていたり、結婚式を終えたばかりの新郎新婦が夕日をバックに撮影していたり、コスプレイヤーも楽しそうに撮影していたり、近所のおばあちゃんがひとりで散歩しにきていたりそれぞれゆったりとした時間を楽しんでいた。
こういう時間は20代の頃から好きだ。